FCAJInterview07 片岡裕司さん

■Q1. 大学卒業後、アサヒビールを就職先に選んだ理由を教えてください

尾張地方で100年以上続く繊維業一家の次男として生まれました。次男なんですが、いずれは家業を継ぎたいと思っていて、小さい頃からも良く口にしていました。家業を継げば小さい組織マネジメントはいずれ経験できるけど、大企業については知ることが出来ないと思って、大企業に絞って就職活動をしました。

正直、大企業であればこだわりはありませんでしたが、金融や食品メーカーだと、文系でも理解しやすいだろうと思い、業界をなんとなく絞っていきました。最終的には「アサヒビール」に入社。面接をしていく中で、なんとなくフィーリングが合っていると感じたからです。営業現場に配属され、やれること、やりたいことを見つけていった感じです。

■Q2. 会社でのキャリアについて教えてください。

当時のアサヒビールはビールシェア2位から1位になっていく時期で、夏には出荷制限がかかるようなことがあるような状況でした。忙しくはあったものの、「お客様の役になっているのか?」「自分自身の力を発揮して成果を出しているのか?」、実感が持てず、どこかつまらなさを感じていました。

ちょうどそのころ、社内で外食産業をサポートするコンサルティング会社が作られ、設立から数年後に自ら志望して出向させてもらいました。営業の立場の時、そのコンサル会社の人とチームを組んで仕事をする機会があり、コンサルタントの皆さんの方が「お客様の役に立っている」、「個人の能力で貢献している」姿にみえ、素直にそっちの方がやりたいと思ったからです。当時ある先輩からは、「将来どうなるか分からない子会社に出向して、自分からエリートコースを外れてどうするのだ」と忠告を受けたりしましたが、自分が成長するということと、打算で仕事を選ぶことと、どっちが後悔しないか?と考え、自分が成長する方だと思い出向しました。

学生の頃はバトミントンに熱中していて、高校の頃はインターハイに出るために、大学の頃はインカレに出るために頑張る日々でした。何か一つの事に集中し、それ以外のことをすることに罪の意識を感じてしまうタイプでした。入社してからも、そういう感覚で働いてしまっていました。会社にも朝6時に行ってたんですよ。誰よりも一番に会社に行くことが大事!みたいな価値観。前日どんなに遅くても、ワンタッチ家に帰って着替えて出てくる。何か、もうおかしかった。部活でレギュラーを取るために先生にアピールするような感覚。でも本当は苦しかったです。気づいていませんでしたが。

それが、コンサル会社に移ったときの上司が当時は変わった人で、「残業はさせない」ポリシーを貫かれました。最初は暇をもてあまして先輩を呑みに誘ったりしていました。でも、「暇な時に何をするかで、君の真価が問われるぞ。」といわれて、それまで、自己研鑽なんて考えたこともなかったんですが、この時に夢中で学びはじめました。何を勉強していいかも分からないので、簿記を始めたり、グロービスに行ったり、多摩大学大学院に通って、紺野先生と知り合ったのもこの時期でした。「正しい学び」にたどり着くまで、時間もお金もかかってしまったけど、学び出して、出会いもあって、自分のいい点も悪い点もわかるようになって、仕事もすごく楽しくなりました。

営業時代は、アサヒビールという体育会系の文化にめちゃくちゃコミットしたけど、変わらないといけないんだとすごく思うようになりました。学ぶことで「視野を広げる」ということができるということに気づくことができました。

■Q3. 入社10年目で独立して、リーダーシップ開発や組織開発に取り組まれるようになったきっかけや出来事を教えてください

アサヒビールのコンサル会社時代の、ある経営者さんとの出会いが一つのきっかけでした。上場するんだ!と、二人三脚で、売上を3倍にあげて上場が現実化したとき、経営者の方が悩んでしまわれたんです。よく話を聞いてみると、1店舗目から一緒にやってきた仲間たちを立派な社会人にしてやりたくて、「上場だ!」と言っていただけなんだと。でも、規模が大きくなっていく中で、ついてこられなくなってみんな辞めてしまった。なんだったんだろうね…と。

当時の私は、人と組織が強くなることより、事業的に成功させる方が楽しいと思っていました。会社のステージが変われば、必要な人材も変わって、適切に入れ替わるのは普通のこととも考えていました。でも、もっと「人が成長して、組織も大きくなる」ということを経営者と一緒にできる人間になりたい、と思うようになってきました。いずれ家業を継ぐ、という選択もあったので、独立することに決めました。

■Q4. FCAJに参画された経緯と、FCAJがどのような存在か教えてください。

FCAJの前進である組織(場の研究会)に事務局として関わっていたのが始まりです。場というものは何で、いったい何がイノベーションを生むのかといった調査を毎年していく研究会でした。フューチャーセンター(FC)という考えが欧州から聞こえてくる中で、このムーブメントをもっと大きくしていこうとしたのがFCAJです。

自分の中で、FCAJはインプットする場としています。色々な仕事をしている中で、インプットとアウトプットの場があると思っています。人と組織を真正面から捉えるのが私の本業だとすると、戦略から捉える人と組織もありますし、FCAJは私にとっては、イノベーションから人と組織を捉え直す場だと考えています。本業ではどうしてもアウトプット中心になりますが、FCAJはインプットの場、学びの場として非常に有意義な場所だと思っています。

■Q5. 30代前半までにやっておくべきこと、意識すべきことがあれば教えてください。

視野を広げるために、多様な人材ネットワークを作ることや、基礎となるビジネススキルを身に付けること。そして沢山の本を読むことが大事だと思っています。本は、30歳から毎年100冊以上は買うと決めています。

30代の頃の私自身は、会社の文化にコミットせず、自分の「学び」と「成長」にコミットして繋がりを広げることに喜びを感じました。こういうキャリアを積みたい、こういう人になりたい!という人を、いろんな業界にたくさん持てるといいと思います。

30代の大事なキャリア選択時に大事にしていたのは、「自分で決めない」というスタンスでした。「キャリアは自分で考えて自分で決めろ」とよく言われますが、「人生は一度きり」だけど「誰しも人生は一回目」だから、自信はないわけですよ。だとすれば、経験豊かな人で、憧れるような人に相談することが大事です。自分の環境を説明した時にどう言ってくださるか?そんなこと言われても、ということもあるけど、とりあえず言われたことはやってみる、ということを心がけていました。相談したり、判断をゆだねる先が会社の上司しかいないと、「あと3年頑張れ」としか言ってもらえないですからね!