FCAJInterview02 高山千弘さん

■Q1. これまでのキャリアと、「哲学」に触れたきっかけを教えてください

恥ずかしながら、哲学には全く関心がありませんでした。エーザイでのキャリアの前半は、世界で初めてのアルツハイマーの治療薬を担当しました。臨床試験から、アメリカや日本を行き来して、治療薬を届けるだけではなく、認知症の方と家族の生活と人生を支えるところまで取り組みました。キャリアの後半は社長直轄の知創部で、理念経営に携わっています。「知創部」とは、知識創造理論を提唱された、野中郁次郎先生に命名頂きました。

理念経営をするためには、哲学が必要です。野中先生の影響から、哲学を学ぶために日本アスペン研究所(※1)に1週間の対話のセッションに行きカルチャーショックを受けました。特に、日本アスペン研究所の設立にも関わられた、今道友信先生(※2)に感銘を受け、そこから哲学に入っていきました。現在は、そのモデレーターを務めています。

※1日本アスペン研究所:各界のリーダーを対象に、「古典」を素材に、「対話」を通じて人間性への洞察、大局観、専門性を超える知性、判断力、決断力といった資質を磨くセミナー等を開催している一般社団法人

※2今道友信氏:日本の美学者・中世哲学研究者で「エコエティカ」(生命倫理による人間学・倫理学)を提唱した。

■Q2.「知識創造理論」を実践するエーザイのことを教えてください

エーザイには、患者様と勤務時間の1%を共にするというルールがあります。それは、野中先生の知識創造理論に理由があります。

知識創造理論の最初のモードが「共同化」です。次に、患者さんが持っている暗黙知を、何なのだろう?と考えて形式知にしていくのが「表出化」です。それを実行していくのは、一社、エーザイだけでは絶対にできないので、これを色々な方々、アカデミア、ガバメント、NPO、患者会、医師の団体などと連携するのが「連結化」です。自分の内面に落として、魂から実行しようという気持ちになるのが「内面化」です。

一番大事な「共同化」を、就業時間の中で行います。土日に個人的に取り組むのではなく、あくまでも就業時間の中で行うのは、「ビジネス」だからです。患者様と時と場を共にすることで、内在的な動機を受けます。内在的動機を受ける、とは、患者様の話を聞いて、赤の他人に話してくださったことに敬意を持ち、「あの家族を救いたい」という強い想いを持つということ。それができていると、目標が定まっているので、ビジネスとして実現し、患者様に戻す原動力になります。エーザイのビジネスはすべてこの知識創造理論を使っています。

■Q3. 患者様の生活に溶け込んでいく…その秘訣のことをきかせてください

日下:社内だけで、都内で地方の社会課題のことを話していても仕方がないので、地方に出かけて課題を聞いてきたいと思いますが、「東京の人が来た」という警戒心を持たれがちで信頼関係を築くのに時間がかかってしまうことも多く…気を付けていることがあれば教えていただきたいです。

高山:「どういう姿勢で患者様と向き合うか」については、知創部が軸となって事例を世界規模でシェアしています。事例をシェアしあうのはとても大切です。お会いする人の数だけエピソードがあります。相手の気持ちになって考えたことを、できれば言葉にして、相手の方にもシェアしていきます。そうすると、相手の喜怒哀楽の原点を見つけることができます。勝手に「こうしてあげられたらいいな」と思うのはエゴだと考えます。何年もこの方法をやってきて、このやり方は確かなのではないかなと思うようになっています。

■Q4. 課題の見えないところにこそ、入っていく…リビングラボの魅力とは何ですか?

知識創造理論を実際に実践していくのは、リビングラボだと考えています。課題があってそれを解決するのもひとつですが、課題がないところからはじめる方法もあります。課題がないところからはじめる…とは、地域に突如として入っていくという方法でスタートするということです。その一歩目は、自治会の会長さんなど。「何かお手伝いしたいんですけど」と入っていきます。何人かが集まってきて対話をし始めると、色々な話題が膨らんできます。次第にコミュニティ内部の方々から自発的に何をどうしたいのか話し始め、気づきはじめます。コミュニティ内部の方々が中心にならないと意味がありません。コミュニティが求めているニーズを企業が掴んでリソースを提供し、一緒に為していく・・・こちらの方がリビングラボの本筋だと思います。
「課題を解決したいです」というより、「お話を聞かせてください」と入っていくのがポイントです。課題があるのかどうか、どんな課題もわからないし、我々ができるかどうかもわからない。例えば、JSTを例にして言えば、「科学技術に困ってることないですか?」と言っちゃうのではダメです。それは「共同化」ではない。「共同化」のためには、心を開いて、目的を持ってはいけません。我々は、インタビューとか、アンケートはほぼやりません。アンケートに本当のことは書かないですよ。我々が求めるのは、「潜在化されている」見えないニーズです。どうやってそれを掘り起こすか。それをやるには「共同化」しかありません。

■Q5. リビングラボ活動を、どのように広げていきたいと思っていますか?

自分達が今暮らしていて、ただシアワセだ、だけじゃだめだと思っています。自分に何ができるのか?を考える機会が必要です。人間はみんな、パーパスをもって生まれてきますが、世の中に適合するがために、ビジネスに合わせているうちに、忘れてしまいます。でも、そのパーパスを取り戻す機会のひとつとして、「共同化」があると思っています。エーザイでは、「共同化」によって、社員ひとりひとりが持っているパーパスに近いところまで触れようとしています。リビングラボ活動を通して「共同化」をすることによって、コミュニティの住民にも、何ができるかを考えるきっかけになってもらいたい、それぞれのパーパスに気づいてもらいたいと思っています。
リビングラボは、内在的な動機に基づく、共同体的な「新しい資本主義」のきっかけになるのは間違いないと思っています。

■Q6. FCAJに集まる人達が、モチベーションが高い理由はなんでしょうか?

日下:FCAJに集まってくる方々は、内在的な動機に基づいている人、利他心の強い人が多いと感じています。ビジネスの世界では珍しいと思いますが、どうしてそんな場が作れているのでしょうか?

高山:内在的な動機を得るには、現場に行って、直接見聞きしないといけません。FCAJに参加している人達にモチベーションが高いのは、困っている方、助けを求めている方に直接会って話をしていて、既に「共同化」されているからではないでしょうか。

日下:FCAJに参加して最初の頃は特に、皆さんの話していることがよくわからず、上位の概念だと思っていましたが、それは現場に入っていなかったり、具体的なニーズを持っている人と接していなかったので、皆さんが話している言葉や文脈が理解できていなかったのだと気付きました。

■Q7. 哲学的思考…高山さんの子どもの頃から現在

子どもの頃から、病気の方に興味がありました。どんな気持ちなのかな?辛いだろうな…などいつも考えていました。どんな気持ちなのかなというのを知りたい、どうにかしたいという想いが強くて、それもあって「薬学」という方向を選んだのかもしれません。彼らから気づきが欲しい。彼らは本当にすごいです。哲学とは知らなかったけど、哲学的に考える癖があったとは言えるかもしれません。

哲学を学ぶようになって、カント、ヘーゲル、プラトン、パスカル…既に2000年前から同じことを考えていた人がいたことに感激しました。今、2~30人の哲学者が自分の頭の中にいて、何か決定するときにその中の誰かが降りて来てくれる感じがします。孟子のこの言葉、アリストテレスのあの言葉…自分を支えてくれています。哲学というのはそういうものである気がします。

聞き手・記事:日下葵(JST)

記録・編集:内原英理子(BAO)

2022年3月22日(火)9~10時オンラインZoom